ホンダヨンダメモ/Z

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佐々木健一『美学への招待 増補版』(中公新書、2019年7月)

 2004年に刊行されたものの増補版。著者は美学者・フランス思想研究者として国際的に活躍してきた。誰それがこう唱えたという学説史的なスタイルではなく、「誰もが生活のなかで出会っている身近な変化に注目する」方法で「美学」へと読者を誘おうというコンセプト、と。増補されたのは、第九章「美学の現在」と第一〇章「美の哲学」。

 

美学への招待 増補版 (中公新書)

美学への招待 増補版 (中公新書)

 

 

 「美学 aesthetics」は「美」にかかわる哲学のいち分野であり、近代美学が確立するのは19世紀なかばのこと。しかし近代的な「藝術」(と著者は書く)概念は、今やさまざまな方向に拡散しつつある。デザイン、オリジナルとコピー、「藝術」/「アート」、「美術館」/「ミュージアム」、スポーツ、身体、モエレ沼公園、デュシャン『泉』、ウォーホル『ブリロ・ボックス』、ダントー「アート・ワールド」……。

 増補された2章は、20世紀末あたりから著者にとって見えてきた美学の「変化」を、未来へ向ける形でまとめたもの。

 第九章「美学の現在」では、以下の項目が著者の言う「新美学」の主要テーマとして説明される。

 a  日常性の美学

 b  環境の美学

 c  ポピュラー・アート/カルチャーの美学

 d  自然/風景の美学

 e  異文化の美学

 f  ジェンダーの美学

 g  ものがたり論 

 h  進化論の美学・脳科学の美学・AIの美学

 第一〇章「美の哲学」は、アバンギャルドが「否認」した「美」について、「二〇世紀の末頃になって、美への関心が復活してきた」という認識のもとに、ダントーとネハマスというふたりの美学者の美をめぐる哲学的考察をたどっていく。

美が人生に不可欠であるということは、美が藝術のような特定の領域に特有のものではなく、世界に広く見られる現象であることを意味しています。近代美学は美を藝術と自然に認めました(ただし、自然美に関する議論は申し訳程度のものでした)。それに対してネハマスはひとの美を、ダントーは日常世界の美をモデルとしてそれぞれの思索を展開しました。美に関する視野の拡がりは近代美学を凌駕し、かつて見られなかったものです。この広い視野は、現代の美学的主題のなかでは、日常性の美学、環境の美学、ポピュラー・カルチャーの美学などと響き合います。このような視野に立つならば、美と藝術の関係も逆転する可能性があります。藝術において美を考えるのではなく(あるいはそれだけでなく)、美において藝術を考える、という視野の転換です。(297ページ)

  「感性」なり「美」なりが実生活や「生きる」ことといかに関わるか。美術愛好家にとっても、そのような問いはそれほど自明なものではないだろう。現代の美学は、その問いの切実さを以前にも増して投げかけてくる、ということがよくわかる。