ホンダヨンダメモ/Z

読書メモ。読んだもの観たもの聴いたもの。

近藤ようこ『死者の書 上』(KADOKAWA/エンターブレイン)

折口信夫『死者の書』を近藤ようこがマンガ化すると聞いて、期待は大きかった。そして期待通りに良いものだった。

 

死者の書(上) (ビームコミックス)

死者の書(上) (ビームコミックス)

 

 

死者の書・口ぶえ (岩波文庫)

死者の書・口ぶえ (岩波文庫)

 

 折口の『死者の書』は昭和13・14年に執筆・発表され18年に単行本として出版された、歴史書と小説が渾然と融合した作品。「した した した」でおなじみ(?)のこの小説を適確に語る言葉を今のぼくは持ち合わせていないけれど、奈良時代の人間の精神の有りようをこれほど生々しく伝えるものはほかにない。大津皇子をめぐる話と当麻寺の中将姫伝説、そこに大伴家持がからみ、いくつかの物語が重なり合う(その三者は当時の「神」と「仏」と「政治」の新旧を体現している、ということがわかると、この小説は少し理解しやすくなる)。同時に語りの時間も実際の時の流れに即さず組み替えられ、物語をたどるのはなかなかに難しい。そして、なまめかしくそしてつややかに流れる、音と映像を喚起する力ゆたかな、文体。幻想文学の傑作、なのだ。

それを近藤ようこがどのようにマンガとして表現するのか。近藤はあとがきで、

私が目指しているのは、折口信夫を全く知らない人のための「死者の書・鑑賞の手引き」です。読者には最終的に原作を読んでいただきたいのです。

と言う。 そしてそれは最良の形で実現している。原作では語られぬ細かな史実が補われ、原作の意図を壊さぬぎりぎりのところでプロットが整理され、しかし原作の持つ語りの力強さ/なまめかしさは保たれている(ちなみに近藤ようこは國學院大學文学部で折口民俗学を学んだ)。家持に坂上郎女と会話させているところ、作者の原作の解釈がよく現れている。

近藤ようこの絵は、ここぞというところで色っぽく、恐ろしい。110、110ページなど、ほんとうに好き。すぐれた「鑑賞の手引き」であると同時に、すばらしいマンガ作品。クライマックスが描かれる下巻が楽しみだ。

この本と同時に、1980年代終わりから1990年代はじめにかけて描かれた作品七編を収めた『猫の草紙』が新装版として発売された。これもまた良いのだ。

しだいに秋めくころに近藤ようこを読む、その絵を味わうことの、しみじみとした幸せ。