ホンダヨンダメモ/Z

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「ジャック・カロ リアリズムと奇想の劇場」展

 4月8日からやっていた上野の国立西洋美術館「ジャック・カロ」展、閉幕前日に駆け込みで見てきたのだ。

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 Jacques Callot ジャック・カロ(1592-1635)は、ロレーヌ公国(ドイツ語ではロートリンゲン)で生まれ、主にイタリアはフィレンツェで活躍した版画家。エングレーヴィングやエッチングの技法を極めつつ、この世のあらゆる現象を小さな画面に精密に彫り込んだ。

 会場では虫眼鏡が貸し出されていたので、借り損なった人の嫌がらせなどを受けつつも、細部までじっくりと楽しむ。色のない版画だけれど、印刷されたものと実物ではまるっきり違う。拡大して見ることの快楽…。

 カロを知ったのは、E.T.A.ホフマンを通してである。ホフマンの最初の作品集のタイトルは『Fantasiestücke in Callot's Manier カロ風幻想小説集』(1814)。そして晩年の大作『Prinzessin Brambilla ブランビラ王女』(1920)は、ホフマンが手に入れたカロの24葉の連作集 "Balli di sfessania"「スフェッサニーアの踊り」(とカルロ・ゴッツィの喜劇)からインスピレーションを得て書かれたのだった。コメディア・デラルテの役者たちを描いたそれは今回の展覧会では残念ながら見ることができなかったが、「二人のザンニ」(1616)からその片鱗を感じることができた。ヘンな丸眼鏡をかけ、妙なふうに体をねじったあやしげなポーズを決めるザンニは、まさにcapriccio=Fantasiestücke、綺想曲を体現している。おそらくカロの影響は、ホフマンの作品群全体を貫いている。

 連作「幕間劇」の第2葉が展示されていて、それもとても興味深かったのだが、一番見たいのは第1葉なのだ。ちくま文庫、種村季弘訳『ブランビラ王女』のカバー絵で見て一気に心を奪われた。

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奥にプロセニアム舞台があり、その手前の観客席も描き込みつつ、しかしよく見ると手前上方に幕が描かれている。この情景すべてがまたひとつの舞台、という入れ子構造…。これこそホフマン流のイローニッシュな世界そのものだ。

 ところでカタログの解説を読んでいたら、カロ以前にコメディア・デラルテの役者たちを描いた、16世紀末にローマで活躍した版画家の名前が記されていた。その名前が、アンブロージョ・ブランビッラ、なのだ。偶然? それとも、ホフマンはその名を知っていたのだろうか…?