ホンダヨンダメモ/Z

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フランシス・ハーディング『カッコーの歌』

 児玉敦子訳、東京創元社、2019年1月。原書は2014年。英国幻想文学大賞ファンタジー長編部門賞を受賞と。

 

カッコーの歌

カッコーの歌

 

  ハーディングの邦訳はこれで2冊目、1冊目の『嘘の木』は原書2015年、翻訳は2017年刊行。『嘘の木』はコスタ賞の全部門での大賞と児童文学部門賞のダブル受賞作。

 『嘘の木』の緻密な構成と完成度の高さにたいして、『カッコーの歌』は幻想の質がより荒々しく、素朴で民話的で、力業でぐいぐいと読ませる。前作と同様に、主人公の少女が視点人物。

 11歳の少女、テレサ(愛称トリス)。アイデンティティの感覚を喪失した状態で目を覚ます。徐々に思い出してはくるものの、記憶には多くの欠落がある。妹も、両親も、その言動に不審なところがある。さらに、度を越した食欲、部屋に落ちる枯れ葉、動きだす人形と、非現実的な事象が起こるにつれ、彼女の視点を通して物語世界を見ている読者の感じる「世界の不確かさ」が増していく。いったい私は/主人公はそもそも誰なのか? その語り口はとてもうまい。

 道具立てがよいのだ。取り替え子、『もじゃもじゃペーター』の、はさみでコンラートの親指を切り落とす仕立屋、ダブル(ドッペルゲンガー)などなど、民間伝承やゴシック小説・幻想小説などのモチーフが、物語のなかで重要な役割を担っている。そして物語の最終段階でのスピード感は、アクション映画さながらの追跡行(走る列車!)をたどる文章によって、加速されていく。

 イギリスのファンタジーには、こうやってすごい作家が着々と生まれてくる。伝統のなせるわざ、かな。