ホンダヨンダメモ/Z

読書メモ。読んだもの観たもの聴いたもの。

進化論を中心とした生物学の本2冊

  • 小原嘉晃『入門! 進化生物学』(中公新書、2016年12月)
入門! 進化生物学 - ダーウィンからDNAが拓く新世界へ (中公新書)

入門! 進化生物学 - ダーウィンからDNAが拓く新世界へ (中公新書)

 

 

本川達雄『生物多様性 —「私」から考える進化・遺伝・生態系』(中公新書、2016年Kindle版)

生物多様性 - 「私」から考える進化・遺伝・生態系 (中公新書)

生物多様性 - 「私」から考える進化・遺伝・生態系 (中公新書)

 

 

(Medium 2017.1.6から転載)

 

 「進化論」的なものがどうしても気になる。理数系分野ではあるけれども、人間が自分の生きる世界をどう認識し、それとどのように付きあっていくかを思考するために必要欠くべからざる知識のように思えるからだ。本川は、物理学を代表とする科学は「なぜ」を問えない、問えるのは「どのように」だけだが、生物学は「なぜ」を問える、と言う。秘密はそのあたりにあるはずだ。

 小原の本は、体裁からして「教科書」だ。地球上の生物の分類から始まり、ダーウィン、自然淘汰、生殖、分子遺伝学、共生と交雑。豊富な実例で簡潔明瞭に説明される。木村資生の中立説は出てくるが、ドーキンスの名前は言及されない。分子遺伝学と、雄と雌の不均衡と、利己的動物観と、行動生物学が中心。手慣れた感じ、高校生に読ませたい。だが、進化論が我々の「今ここで生きること」とどのように関わっているか、については語られない(もちろんそれは無いものねだり)。

 それに対して、『ゾウの時間 ネズミの時間』で知られる本川の本は、「生物多様性」がなぜ大切なのかを説明することがコンセプトなので、進化論や生態系について論じられるけれども、それはその背後にある思想的背景、哲学・倫理学的思考を導き出すためのものである。物理学が依拠する「粒子」主義的、「数量」主義的思考と、その進化論への反映であるメンデル、そしてドーキンスの利己的遺伝子説を批判しつつ、「私」という存在なり「生」なりをイデアとしての「我思う」と物質としての肉体に分けつつそれを「閉じた私」として認識するのではなく、周囲の環境、そして時間軸にまで拡張することで、「空間的に開いた〈私〉」を提唱する。生物多様性は、そんな「個のなかの多様性」と呼応しあうものであるがゆえに、あるいはその多様性のなかで生きていく「〈私〉としての子孫」の生存に必要であるがゆえに、守らねばならないという。

 ふたつの本は、こんなふうに方向性が違うのだ。同じ中公新書だし、両方続けて読むのが良い。個人的には、科学者でありながら「科学」的思考が支配する近現代の世界に覚めた目を向けている本川達雄の本に魅力を感じる。専門はナマコの研究なのだが、「とても付き合えないと感じたものを、尊敬できるところまでもっていくのが、この四十年の動物学者人生でしたね。それでもまだナマコは可愛いとは思いませんし、好きにもなれません。好きでなくても尊敬することはできるものなのです。」とさらっと書く学者を、信頼せずにいられようか…。