ホンダヨンダメモ/Z

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ことばと思考、社会と言語

ガイ・ドイッチャー『言語が違えば、世界も違って見えるわけ』(椋田直子訳、インターシフト、2012年12月5日、原著2010年)

 

 「言語と文化」について興味のある人間は「サピア・ウォーフ仮説」に代表される言語相対論とチョムスキーの生成文法に代表される普遍的生得説のはざまで翻弄されるわけだけれど、認知言語学や生物学も含めて、人間の「脳」と「身体」と「言語」が周囲の世界をどのように切り取り、あるいは逆にどのように切り取られているのか、という問題にあなたがもし強く惹かれているならば、この本はとても良いガイドブックになるだろう。

 

 第Ⅰ部 言語は鏡

 第1章 虹の名前・ホメロスの描く空が青くないわけ

 第2章 真っ赤なニシンを追いかけて・自然と文化の戦い

 第3章 異境に住む未開の人々・未開社会の色の認知からわかること

 第4章 われらの事どもをわれらよりまえに語った者

             ・なぜ「黒・白、赤…」の順に色名が生まれるのか

 第5章 プラトンとマケドニアの豚飼い・単純な社会ほど複雑な語構造を持つ

 第Ⅱ部 言語はレンズ

 第6章 ウォーフからヤーコブソンへ

             ・言語の限界は世界の限界か

 第7章 日が東から昇らないところ

             ・前後左右ではなく東西南北で伝える人々の心

 第8章 女性名詞の「スプーン」は女らしい?

             ・言語の性別は思考にどう影響するか

 第9章 ロシア語の青・言語が変われば、見る空の色も変わるわけ

 

 うーん、目次を眺めただけで、そそられる感じでしょう?

「強い」言語相対論はやはり否定されるのだけれど、しかし言語が思考に影響を及ぼさない、ということは言えない、というのが著者の立場。それを最新の観察・実験結果を踏まえて、かつ豊富な事例を持って、しかも作り慣れた手料理をテンポ良く次々とテーブルに載せていくがごとくに語ってくれるのが楽しい。

 大きく取り上げられているのは「色」の問題。そして「時間」や「空間」の表現、「文法的性」の問題なども。なかでも有名なグーグ・イミディル語の話はやっぱりおもしろい。「左」や「右」という単語の存在しないことば。ではその話者はどうやって方向を伝え合うのか? これ、はじめて聞いた・読んだ人は、へえっ、となること請け合いだ。

 「あらゆる言語は複雑さにおいて差がない」という「常識」の論拠の薄さ、社会の複雑さと言語の複雑さ(従属節の現れる頻度など)との相関。脳研究の進展によってさまざまな実験がなされるようになったことも、この分野での知見が近年より深まっている要因のようだ。

 「解説」にも挙げられているけれど、スティーブン・ピンカーの著作や最近話題になった「ピダハン」についての本を読んだ人は、これを読んで頭を整理するとよい。また、岩波新書から出ている、今井むつみ『ことばと思考』は、本書と同じ関心から書かれた本で、これもおすすめ。

 翻訳は過不足なく正確適確。

言語が違えば、世界も違って見えるわけ

言語が違えば、世界も違って見えるわけ